「息子がうつ病でないか」と心配する母親からの相談

 腰痛とパニック障害で当院に通われている40代の主婦が、あるとき神妙な顔つきで「今日は息子のことで相談したいことが…」と。

 「高校卒業後、就職と離職を繰り返していて先月から引きこもり状態に…、先生、もしかしてうつ病じゃないかと心配で…、一度診てほしいんですけど

 この女性は私のところに来るまで心療内科に通っていたのですが、長い間薬の副作用に苦しんでいました。そんな折り友人から当院を薦められ、半年間の通院を経てなんとか断薬に成功したという経緯が

 そのため「自分と同じ思いをさせたくない」ということで、投薬がファーストチョイスになりがちな心療内科や精神科へ息子を連れて行くことをためらっているとのこと。

 そのような背景もあって、まずは当方に診て欲しい、そして自分が受けた施術(脳に働きかける統合療法“BReIN”)で良くなるなら「それに越したことはない」という趣旨のご相談だったのです。

 後日、息子さんを実際に診てみると、私の診立てはうつ病ではなく、発達個性による二次障害でした。

発達個性については「発達障害について~当院のスタンスおよび脳恒常性機能不全(脳疲労)との関係性~」をご覧ください。障害ではなく個性と捉える視点や脳恒常性機能不全(脳疲労)ケアの重要性などについて解説しています。

「表層的な症状→うつ病」と診断されているケースが、実は多い

 私は他医でうつ病と診断されている患者さんの中に、実際は発達個性による二次障害に過ぎないケースというものを、これまでたくさん見てきました。同時にそうした見方(発達個性という次元と向き合うこと)によってはじめて救われる事例も数多く体験してきました。

 心療内科医や精神科医の世界では発達個性に対する認識の温度差があり、発達個性の次元に気づける医療者とそうでない医療者とでは、やはり診断名も分かれるという印象があります。

 診断に至るプロセスにおいて問診&傾聴にどれだけの時間と労力をかけたのか、その辺りも重要な分かれ目になると、私は考えています。

 息子さんの話に戻ります。高校卒業後、印刷会社に就職したけれども2ヶ月で退職(理由は印刷塗料?の匂いが耐えられなかった)。その後はリサイクルショップやカフェ、ファミレスなどでバイトをしていたそうですが、どれも長続きせず。

 そして引きこもりになる直接的なきっかけはバイト先(コンビニ)で受けた店長からの強い叱責だったそうです。「なんでそんなこともできないんだ!何度言ったら分かるんだ!」と同じミスを繰り返していたことを責められて以来、出勤できなくなって不眠症になったという顛末。

 発達個性によくあるパターンでしたので、話を聴いただけでもすぐに想像がつくわけですが、より詳しい状況(生い立ちから学校生活の詳細まで)を把握するためには家族同伴のカウンセリングが欠かせません

 このときも母親同席のカウンセリングを数回(合計8時間以上)重ねたところで、確信を抱いた私はお二人を前に発達個性について詳しく説明し、「おそらく障害認定を受けられるレベルなので…」としたうえで、それを受けることによるメリットは計り知れないほど大きいことをお伝えしました。

 もし息子さんがこうした傾聴カウンセリングを行わない医療機関を受診していたら、「うつ病という表面的な診断→投薬」という流れになって、根底にある問題が置き去りにされていた可能性があります。

 母親が危惧している投薬の問題については「今はとにかく診断書を書いてもらうことが最優先ですから、薬についてはもし処方された場合に、またあとで考えましょう」と助言し、近くの心療内科(個人の開業医)に受診する運びとなりました。

心療内科→大学病院→正式な診断→障害者手帳の発行

 その結果、担当医も私の診立てと同じということで、市内の大学病院への紹介となり、WAIS-III検査等を経て「LDとASD混合タイプの発達障害」という診断を受けることができました。

WAIS-IIIとは知能測定における代表的な検査です。詳しくはこちらのページをご参照ください。

 下の画像は大学病院で受けたWAIS-IIIの結果と、それを受けて発行された障害者手帳(実際のご本人のものです)。

 障害者手帳には3種類があり、程度によって等級が分かれます。手帳の発行について詳しく知りたい方はこちらのページをご覧ください。

 投薬については最初の半年間は処方されていましたが、その後、当方のBReINを続けることで、母親同様に断薬することができました(薬を必要としない状態に回復)。

母親同席のカウンセリングによって紐解かれる過去(発達個性の兆候あれこれ)

 心療内科への通院や役所への申請手続きといった流れと並行して、当方でのBReIN(タッチングやカウンセリング等々による統合療法)を半年以上継続することで色々なことが見えてきました。

 本症例においては幼少期から既に発達個性の兆候が随所に現れていたのです。

 今にして思えば、たしかにそういうことがあった、あんなこともあった、もしかしてこういうことあったんですけど、これも発達個性と関係ありますか?と、お二人からの質問に一つ一つお答えするカウンセリング(成長過程を振り返る共同作業)を続けていく中、表面的には何事もないかのように映っていた学校生活においても、内実は様々な問題を抱えていたことが分かりました。

 発達個性は十人十色、本当に様々なタイプがあるのでステレオタイプに決めつけることは危険です。ただ、このケースで一番顕著だった点は「滑舌の問題および情報処理の時間遅延」でした。独特の会話のリズム、たまに現れる“どもり”、そして何をやるにしても咄嗟の判断、瞬時の思考というものが極端に苦手という“脳の個性”が浮き彫りに。

 例えば、自宅のキッチンで誤って皿を落としたとき、通常は速やかに片付ける動作に移行するわけですが、本人の場合、そのまま立ちすくんでフリーズした状態が数十秒以上続いてしまうそうです。本人曰く「急に予期せぬことが起こると、頭の中が真っ白になって何も考えられない状態になる」とのこと。

 私がこれまで診てきた発達個性の症例の中では決して珍しいエピソードではありません。なのでこのような体験談を耳にすれば、それだけで「もしかして」とすぐに気づくことができます。

 参考までに私(当院院長)が自身の発達個性と向き合った過去についてはこちらのブログで披瀝しています。

COSIA(認知科学統合アプローチ)による脳恒常性機能不全(脳疲労)ケアの意義

 初診から1年が経過した現在、ハローワークの障害者窓口をとおして発達支援センターで就職に向けた準備を進めています。

 実は本症例においては家庭内にある大きな問題が横たわっていました。本人のメンタルが不安定になる原因のひとつに父親の存在があったのです。

 高校卒業後、定職に就けない息子に対して、父親は容赦ない罵倒を浴びせ続けていたそうです。そのため本人は父親との接触を極力避けるようになり、それが自室への引きこもりにも繋がっていました。同時に夫婦関係にも亀裂が入り、家庭崩壊寸前の状態だったのです。

 しかし医学的な診断がつけられたことで、息子の真相を知った父親の態度が一変し、本人の苦痛に寄りそうようになりました。「お父さんが優しくなったことが一番嬉しい」と、診察室の中で人目もはばからずに号泣する姿を見て、本当に辛かったのだろうと、私も一緒に泣いてしまいました。

 その後もCOSIAによるメンテナンスを継続していますが、本人いわく「先生の施術をしばらくのあいだ受けられなかったとき、体調が元に戻ってしまってしんどかった…。でも施術を受けると、やっぱり朝スムーズに起きられるし、滑舌も良くなるし…」と、効果を実感していることが分かりました。

 このように発達個性に対するCOSIAの意義というものは、脳恒常性機能不全(脳疲労)を回復させることで周辺症状を和らげることにあって、発達個性そのものを劇的に…というような次元ではありません。

 しかし発達個性を基盤に持って様々な症状に苦しんでいる方にとって、COSIAによる脳恒常性機能不全(脳疲労)の緩和および発達個性に関わる情報提供や生きていく上での適切な助言がどれほど救いになるか、そして本人はもとより家族がどれほど救われるか…、多くの方々にそうした背景を知っていただければと思っています。

 また発達個性は“自閉スペクトラム”という呼称に象徴されるように、非常に多彩で様々な次元が存在します。アスペルガーに関わる情報から「空気が読めないタイプ」と思われがちですが、中にはこれと真逆に「空気を読み過ぎてしまうタイプ」の発達個性もあります。

 また痛みの臨床においては発達個性であるが故の、ある種“特異な能力”が自身の痛み回路に発現してしまうと、非常に強固な慢性痛となって本人を苦しめるケースがあります。慢性痛のみならず、うつ病や認知症においても同じ背景があります。これらについては別の機会に解説させていただきます。

まとめ

注)以下は当院院長の主観です。

🔸発達個性が基盤にあって抑うつ、うつ病を発症しているケースが、実は多い。

🔸発達個性に関わる認識は医療者のあいだで温度差がある。

🔸発達個性のケアで最も重要な視点は“脳恒常性機能不全(脳疲労)の緩和”。

🔸診断されることによる救いは計り知れないものがある。



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