当記事は2000〜2001年にかけて季刊誌に連載していたエッセイです。
当記事は2000〜2001年にかけて季刊誌に連載していたエッセイです。
遠い昔日ぼくの通う幼稚園では夏のお泊り保育があった。行き先は信州の高原。物心ついてから初めての大自然。東京では決して見ることのない夥しい数のとんぼ。
園児たちは虫取り網を片手に夢中になって追いかけた。あれから三〇年の月日が流れ、ぼくは今その高原に暮らしている。
明治中期以後、この地に多くの外国人が別荘を建てた時期があった。文明開化が進む当時、初めて日本に滞在することになった彼らにとって、東京の夏の蒸し暑さは耐え難いものであったらしい。
避暑のためにこの地を訪れた外国人たちの中でも、アメリカ人はミシガン州、ドイツ人はシュバルツバルト、フランス人はボージュ山脈あたりの風景を連想したそうだ。
その外国人たちが「サンセットポイント」と名づけた峠の見晴台での出来事を、前回の稿では書かせて頂いた。そこに記した「現役の活火山」とは浅間山のことである。
その浅間山の麓に、ぼくの住むアパートがある。
周辺には春真っ先に白い花をつけるコブシの木が点在する。初夏には町中に植林されているカラマツが鮮やかな黄緑色に塗り変わる。
夏には草原のいたる所でアヤメやユリなどの花が清風を受けて揺れている。秋には原野に踊るススキの穂が夕陽に映えて黄金色にきらめく。
近くの道路沿いには、厳冬も力強く生きる常緑針葉樹が列を成している。
そして季節を問わず、それらのどの景色の中にも鳥たちの姿がある。ここは日本の三大野鳥生息地の一つに数えられている。
ぼくは長年住み慣れた都会を離れ、二年前にこの地に移り住んだ。その生活環境の変化は自身に様々な変異をもたらした。
食べ物の好み、飲酒の量、興味関心の対象、趣味娯楽の方向性等々、まるで別人のように変わってしまった。中でも音楽の好みの変質は実に著しい。
最近「音楽療法」という活字をよく目にする。以前は主に精神障害の治療法として用いられていた。しかしその後の研究で、認知症や脳に障害を持つ子供の治療など、多方面に効果があることが分かってきた。
詳しいメカニズムは専門書に譲るが、音楽的な一連の音がその人の大脳皮質で過去の記憶や感情に働きかけ、自律神経の機能を安定させるらしい。
松本サリン事件の被害者でいまだに意識の戻らない女性がいる。その女性にピアノ協奏曲を聞かせたところ、はっきりとした反応を示して話題となったことがあった。その家族は今も奇跡を信じ、その女性が大好きだったショパンを聞かせている。
(→このエッセイが執筆されたのは平成12年です)
既に一部の団体による音楽療法士という資格認定制度も始まっている。しかしまだ法制化には至っていない。法的整備が進めば、更に対象疾患も増え、より多くの人々が恩恵を受けることができるようになるかも知れない。
高原は自然の奏でる様々な音で溢れかえっている。草原、森、川、山道、それぞれに自然の音楽がある。全ての音がドレミの音階で聞こえるという「絶対音感」の持ち主には、どんな音楽として耳に届くのだろう。
【夏】
林の中の別荘地に、ヒグラシの「カナカナカナ」という音の洪水が広がる。まるで全ての木々が鳴いているかのように。
深い森に覆われた渓流ではせせらぎの音がやさしく流れている。虫たちの羽音が束の間耳元を掠める。ウグイス、キセキレイ、シジュウカラなどが澄んだ声を響かせる。
周囲はさながら「野鳥交響楽団」のコンサートホールと化している。風が木々の葉を叩くと、森全体が「ザワワワワー」と鳥たちの演奏に拍手を送る。
【冬】
広葉樹と針葉樹の混合林に雪が降る。「シャシャシャシャシャッ…」と音を立てて降る。その音と自分の足音以外何も聞こえない。落ち葉の上を踏みしめる音は積雪と共に次第に変わってゆく。「ガサッガサッ」という音から「サクッサクッ」という音へ。
やがて薄日が差し、雪がやむ頃になると、ツグミなどの冬鳥たちが一斉に鳴き始める。遠くからはキツツキの出す「ココココン」という音が響いてくる。静寂と野生の音との絶妙なコントラストがそこにはある。
ぼくは最近クラシック音楽ばかり聴いている。元来そのように上等な趣味はなかったし、音楽といえば流行のポップスか外国ロックのCDしか持っていなかった。ところが半年ほど前から急にガチャガチャした音楽が苦手になった。
下地が全くなかった訳ではない。小学生の頃、ピアノを習っていた(習わされていた)。練習は嫌いではなかったが、いかんせん才能が無さ過ぎた。
自分の弾く下手なクラシックより、西城秀樹や天地真理の歌の方が数倍良かった。気がつけばピアノは埃を被り、ぼくはビートルズに夢中になっていた。
ところで、名曲の数々を生み出したクラシックの作曲家たちは、当時どんな音に囲まれていたのだろう。彼らの五感はどんな環境に曝されていたのだろう。
今となっては、彼らが目にしていた街や自然の風景を見ることはむつかしい。彼らが暮らしていた時と同じ空気の匂いを嗅ぐことも叶わない。しかし虫や鳥たちが自然と共に織り成す音は今も変わらないと思う。
自然の音に身を浸している時、彼らが名曲を生み出した「時間」を感じる。クラシックの音には自然の記憶がいっぱい詰まっているのだ。
遠い昔、この高原で無邪気にとんぼを追いかけ、宿舎の大広間で昼寝をしていた園児の耳にはどんな「音楽」が聞こえていたのだろう。
大人になった今、ヒグラシの音に切なくなるほどの懐かしさを覚えるのは、あの日過ごした「時間」のせい?
2000年 3月
⤴昭和45年軽井沢にお泊り保育に行ったときの実際の写真(一番右が著者)
「軽井沢/エッセイ」-目次(リンク表示)
1 ミレニアムの夜明け
2 音楽療法
3 天明の大噴火
4 自然と五感と恋心
5 青天の霹靂
6 湯川の森-ヒグラシの調べ-
7 湯川の森-精霊のウィンク-
8 コスモス畑
9 稚児池
10 避暑地の猫
11 最終章Ⅰ-動機-
12 最終章Ⅱ-痛みとプラセボ効果-
13 最終章Ⅲ-心と痛みの関係-
14 最終章Ⅳ-生きる-
(C)2001三上敦士