※このページはカテゴリー名の意味を説明するページです
軽井沢で小説家を目指していたときに連載していたエッセイです
私はほねつぎ(接骨師)の3代目として生まれ、20代のとき家業を継ぐため大学を中退し、接骨師の資格を取得。10年以上にわたって整形外科に勤めました。
ところが30代のころ作家になる夢を諦めきれず、病院を退職し軽井沢に移住。
なぜ軽井沢?
私が大好きな池澤夏樹という作家、その父(福永武彦)や堀辰雄が軽井沢と縁が深かったこと、室生犀星や川端康成などの文豪も同様…。自分も軽井沢で過ごした作家たちにあやかって…、という安直な発想。
あと幼稚園のお泊り保育、中学生のとき親友2人と過ごした「スタンバイミー」さながらの旅、大学テニス部の合宿、そして新婚旅行…、これらがすべて軽井沢だったという偶然の仕業。
東京で生まれ育った私にとって、軽井沢は常に心のふるさとでした。
大学のテニス部時代、プロ転向を夢見たのも凄まじい勘違いでしたが(笑)、それ以上に作家になる夢もウルトラビッグな勘違いでした(苦笑&爆笑)。本気で芥川賞を狙ってましたから…(恥ずかしい)。
今にして思えば、何か別の理由があって無意識からのシグナルが意識の誤作動を起こさせたのでしょうねえ。
軽井沢に移転後は、観光みやげ店(手作りジャム店)でバイトをしながら年間300冊超の読書、そして小説執筆(文学賞に応募するも連戦連敗)、地方の季刊誌にエッセイ連載など充実した日々を過ごしました。
その時のエッセイ(2000〜2001年)を収めたものが、当ブログのカテゴリー「軽井沢/エッセイ」です。なので、敬体ではなく常体の文章になっています。
エッセイの一つ「避暑地の猫」が当ブログ名の由来です。他にもう一つ由来があり、「猫」は私の妻のことを指しています。家内がネコちゃんである理由は別の機会に。
軽井沢での夢のような時間は3年で幕を閉じましたが、私ら夫婦のいい意味でのエンドオブライフは軽井沢で、と決めています。このシナリオに向けて残り時間のカウントダウンが既に始まっています。
軽井沢で息を引き取るその間際まで、このブログを続けていくのが私のラストドリーム、ではなく、きっと永遠の夢のはじまり…。
「軽井沢/エッセイ」-目次(リンク表示)
1 ミレニアムの夜明け
2 音楽療法
3 天明の大噴火
4 自然と五感と恋心
5 青天の霹靂
6 湯川の森-ヒグラシの調べ-
7 湯川の森-精霊のウィンク-
8 コスモス畑
9 稚児池
10 避暑地の猫
11 最終章Ⅰ-動機-
12 最終章Ⅱ-痛みとプラセボ効果-
13 最終章Ⅲ-心と痛みの関係-
14 最終章Ⅳ-生きる-
(C)2001三上敦士